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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1905号 判決 1987年5月19日

控訴人 樋口芳子

控訴人 樋口達雄

控訴人 東井令子

控訴人 伊木和子

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 平野智嘉義

同 大森八十香

同 桃谷恵

被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人 株式会社木原不動産

右代表者代表取締役 木原茂満

右訴訟代理人弁護士 梅澤秀次

同 荒井素佐夫

被控訴人(脱退) さくら興産株式会社

右代表者代表取締役 若林裕治

右訴訟代理人弁護士 佐々木良明

主文

一、原判決主文一、二項を次のとおり変更する。

二、控訴人らと訴外株式会社ナン・エンタープライズ間の東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第五一一九号建物持分移転登記請求事件の判決につき同裁判所が昭和六〇年一〇月一七日付与した執行力ある正本に基づく控訴人らから被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人に対する強制執行はこれを許さない。

三、訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人の請求を棄却する。3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1. 原判決事実摘示中「原告」を「被控訴人さくら興産株式会社(脱退)」と改める。

2. 控訴人らの主張

(一)  控訴人らを原告とし、訴外株式会社ナン・エンタープライズ(以下「ナン・エンタープライズ」という。)を被告とする東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第五一一九号建物持分移転登記請求事件(以下「前訴」という。)の口頭弁論期日は昭和六〇年六月一八日午前一〇時に開かれたが、ナン・エンタープライズの欠席により一、二分で終了し、弁論終結となった。他方、被控訴人さくら興産株式会社(脱退)(以下「さくら興産」という。)が本件建物の買受人として競売代金を納付したのは、同日午前一〇時半から同一一時半ころまでの間である。したがって、右代金納付は前訴の口頭弁論終結後であり、さくら興産は前訴の口頭弁論終結後の承継人である。

(二)  建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)一〇条に基づく区分所有権売渡請求(以下「売渡請求」という。)は、区分所有者に対し、建物収去に代えて区分所有権を時価で売渡すよう請求するものであり、本来土地所有権に基づく妨害排除請求権を行使しうる場合に、政策的観点からこれを売渡請求権に置換えたものである。

したがって、本件のような場合に、単に売渡請求と競売手続における買受による所有権取得とを物権変動における第三者間の対抗問題として捉えるべきではない。

また、単なる登記名義人が売渡請求の相手方となるものではないが、右売渡請求がされた後に、右請求をうけた相手方が第三者に所有権を譲渡し、その旨の登記が経由された場合には、その第三者は右登記を取得した時点で売渡請求の相手方の地位を承継するものというべきである。

(三)  売渡請求は、土地所有者の一方的意思表示によって建物の敷地利用権のない区分建物所有者との間に建物の売買契約を創設するものであり、他方、差押による処分禁止の効力は、差押債務者が自らその責任財産についてなす処分行為を制限するものであって、差押とは何ら関係のない第三者からの一方的行為によりなされる法律行為まで禁止するものではない。

したがって、土地所有者である控訴人らは、差押登記の有無に関係なく、土地賃貸借契約の解除、区分所有建物の売渡請求をすることができ、その効果を主張することができるものというべきである。

(四)  被控訴人さくら興産株式会社(脱退)引受参加人(以下「引受参加人」という。)の主張(二)の事実は認める。

3. 引受参加人の主張

(一)  区分所有法一〇条に基づき売渡請求権を行使することにより当事者間に当該区分所有建物につき売買契約が成立するが、右区分所有権の移転を第三者に対抗するためには、右所有権取得の旨の登記を経由しておくことが必要である。

控訴人らは、ナン・エンタープライズに対し区分所有建物につき売渡請求権を行使したというが、右の趣旨の登記を経由していないから、右区分所有権の取得をもって競売により適法に右区分建物を買受けたいわゆる第三者であるさくら興産に対抗することはできず、したがって、前訴の既判力がさくら興産に及ぶことを主張することもできない。

(二)  さくら興産は、昭和六一年一一月一一日本件区分所有建物を引受参加人に譲渡し、同月一二日その旨の登記が経由された。

(三)  控訴人らの主張(一)ないし(三)は争う。

4. 証拠<省略>

理由

一、請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、抗弁1及び2の事実は被控訴人において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなし、抗弁3及び4の事実は当事者間に争いがない。

土地所有者が区分所有法一〇条に基づく区分所有建物の売渡請求権を行使した場合には、当事者間において右建物につき売買が行われたのと同様の効果が生ずるものということができるが、右建物については、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件区分所有建物につき昭和五七年七月三日競売開始決定を原因とし同年八月一三日付差押登記が経由されていることが認められ、右差押により差押債務者であるナン・エンタープライズは爾後目的物の譲渡等を制限されることになる結果、控訴人らは、控訴人らが右差押後になした売渡請求権の行使による所有権取得を主張してナン・エンタープライズに対し建物持分移転登記請求をすることは本来許されなかったものと解される。しかしながら、前訴においては、この点についての主張、立証がなく、控訴人らからナン・エンタープライズに対する建物持分移転登記請求が認容され、右勝訴判決は確定したので、これによりナン・エンタープライズは控訴人らに対し右移転登記義務を負うに至ったものというほかはない。

そこで、次にさくら興産が前訴の口頭弁論終結後の承継人であるか否かを検討するに、前示のとおり前訴の口頭弁論終結は昭和六〇年六月一八日であり、競売手続における買受人さくら興産の代金納付も右同日であるところ、成立に争いない甲第一号証、乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、前訴の口頭弁論終結は同日午前一〇時すぎであり、さくら興産が代金納付をしたのは日本銀行歳入代理店住友銀行虎の門支店において同日九時半からの受付開始後一六番目であって、一件の事件処理に二分前後の時間を要したことは認められるものの、右事実からは、なお、前訴の口頭弁論終結後にさくら興産が代金を納付し本件区分所有建物の所有権を取得したとの事実はこれを認めるにいたらないというべきである。

そして、執行文付与に対する異議の訴えにおいて、承継執行文付与の前提となる右承継が口頭弁論終結後であることについては、右執行文の付与を受けようとする債権者に主張立証責任があると解されるところ、本件においては、債権者たる控訴人らにおいて右立証がないことに帰するものというほかはない。

なお、控訴人らは、さくら興産が前訴の口頭弁論終結後である昭和六〇年六月二〇日に本件区分所有建物についての所有権移転登記を経由したことをもって、前訴の口頭弁論終結後の承継人であると主張するが、区分所有法一〇条に基づく売渡請求の相手方は単に登記名義を有することによって定めるものではなく、真実の所有者をもってその相手方とすべきものと解されるから、右登記の経由によって承継の有無及びその時期を判定することはできない。

以上により、控訴人らは、別訴において本件区分所有建物の現在の所有者である引受参加人等に対し、右敷地についての賃貸借契約の解除を前提に右敷地の利用権がないとして、右区分所有建物の収去に代え区分所有法一〇条に基づく売渡請求をしたうえ、建物持分移転登記を求めることは格別、さくら興産ひいてはその承継人である引受参加人に対し、前訴の口頭弁論終結後の承継人であることを理由に承継執行文の付与を受け、強制執行に及ぶことはできないものというべきであって、控訴人らの抗弁は結局採用することができない。

三、よって、引受参加人の本訴請求はこれを正当として認容すべきであり、引受参加により原判決主文一項を本判決主文二項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村修三 裁判官 篠田省二 関野杜滋子)

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